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ラジオストーリーズ|バトンを繋ぐもの 第三話 震災の夜、鍵を持つのは

ラジオストーリーズ
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ローカルコミュニティラジオの取材をヒントに書かれたフィクションストーリー

第一話 順番が回ってきた男
第二話 見知らぬ隣人たち
第三話 震災の夜、鍵を持つのは

まえがき
 ここに収められた三つの物語は、あるローカルコミュニティラジオの取材からヒントを得て、仮想の街_「かわまち市」を舞台に三つの異なる視点から創作したフィクションストーリーだ。

 地域コミュニティというものは、住民にとっては何か面倒なものだと思われてはいるが、やはりなぜか気になる。

 これは、面倒だと思いながらも地域に関心を持ち続け、それぞれ何かを掴み取った、そんな人々の小さな物語_。

読んでくださった方の心に何か残るものがあれば、それ以上のことはない。

著者記す

第三話 震災の夜、鍵を持つのは

一 午前二時十四分


最初の揺れは、静かに来た。

田村茂は、ベッドの中でそれを感じた瞬間、「また小さいやつか」と思った。このところ、夜中に震度一か二程度の揺れが続いていた。かわまちみなみニュータウンに越してきて三年、大きな地震には一度も遭っていない。

次の瞬間、揺れが変わった。

縦に突き上げるような衝撃が来て、棚の上の本が落ちる音がした。食器棚のガラスが鳴った。茂はとっさに妻の陽子の肩を掴み、二人でベッドの下に潜った。
十秒ほど経って、横揺れが始まった。
それは長かった。壁がきしみ、電気が消え、外のどこかで何かが倒れる音がした。茂は暗闇の中、陽子の手を握り続けた。

揺れが収まったのは、一分近く経ってからだった。

スマートフォンを手探りで探し、懐中電灯アプリをつけた。画面に緊急地震速報の通知が三件、重なっていた。
震度六弱。

茂は五十四歳。かわまちみなみ第二自治会の班長、今年で三年目だった。

二 避難所


かわまちみなみ小学校の体育館は、徒歩三分の距離にあった。

茂と陽子が校門に着いたとき、すでに十人ほどの人影があった。みな、懐中電灯やスマートフォンの明かりを手に持って、体育館の前に立っていた。
立っている、というより、佇んでいた。

体育館の扉は、閉まっていた。

「開かないんですか」と茂は聞いた。
「鍵がかかってる」と、見知らぬ男性が答えた。「誰か来るのを待ってるんだが」
茂は体育館の扉を引いてみた。びくともしなかった。

スマートフォンで市の緊急連絡先を調べ、電話をかけた。話し中だった。もう一度かけた。また話し中だった。

人が増えてきた。
老夫婦が杖をついてやってきた。若いお母さんが、赤ちゃんを抱いて走ってきた。中学生くらいの男の子が、一人で来た。中学生は誰かを探すように周囲を見回してから、校門の柱にもたれて座り込んだ。

体育館の扉は、閉まったままだった。

三 鍵


「自治会の人は来ないんですか」

声の主は、四十代くらいの女性だった。エプロンをつけたまま来ていた。

「自治会の担当者が来れば鍵を開けられるはずなんですが」と茂は言った。「私は班長なんですけど、避難所の鍵の持ち主は別の方で」
「別の方って誰ですか」
「第二区の防災担当の、吉田さんという方です。電話してみます」

吉田さんの電話は、つながらなかった。
五回かけて、五回とも出なかった。

茂は次に、自治会長の桑田さんに電話した。
三回目で、つながった。
「桑田さん、茂です。小学校に来ているんですが、体育館の鍵が開かなくて」
「吉田さんに連絡してみたか」
「つながらないんです」
しばらく沈黙があった。
「……吉田さんの家のそばを通ったら、塀が倒れていたんだ。本人は無事かどうか、わからない」

茂は電話を持ったまま、しばらく動けなかった。

体育館の前には、もう三十人近くが集まっていた。

四 知らない隣人たち


「管理員室に予備鍵があるはずです」

声がした。振り返ると、五十代くらいの女性が立っていた。
「私、ここで学童の仕事をしていて。管理員室の場所は知っています」
「管理員室は開きますか」と茂は聞いた。
「普段は施錠されていますが、非常口から建物に入れれば。確かそういう手順があったはず」

茂はその女性と、建物の裏手に回った。
非常口の扉は、地震でわずかにゆがんでいたが、力を入れると開いた。
二人は暗い廊下を、スマートフォンの明かりで進んだ。

「名前、聞いてもいいですか」と茂は言った。
「宮本です。宮本幸子」
「田村です。班長やってます、第二区の」
「自治会には入ってないんです、私」と宮本さんは言った。言い訳のような口調ではなく、ただ事実を述べる口ぶりだった。「でも、子供たちの場所だから」

管理員室は、廊下の突き当たりにあった。
扉のそばの壁に、鍵の番号が手書きで貼ってあった。
「これだ」
茂は鍵のボックスを開き、「体育館」と書かれたキーホルダーを取り出した。

五 扉が開く


体育館の扉に鍵を差し込んだとき、周囲が静かになった。

がちゃり、と音がして、扉が開いた。

誰かが息をのんだ。誰かが「ありがとう」と言った。
人々が、ゆっくりと中に入り始めた。

茂は扉の脇に立って、一人ひとりが入るのを見ていた。杖をついた老夫婦。赤ちゃんを抱いたお母さん。柱にもたれていた中学生。エプロンの女性。顔も名前も知らない人たちが、暗い体育館に入っていく。

宮本さんが体育館の中の電灯パネルを探し、非常用電源のスイッチを入れた。薄暗い明かりが灯った。

体育館の中が、ほんの少し、明るくなった。

六 夜の体育館で


午前三時を過ぎると、体育館の中には六十人ほどが集まっていた。

毛布は備蓄倉庫にあった。倉庫の鍵は体育館の管理員室にある予備鍵で開いた。茂と宮本さん、それから自分から「手伝います」と言ってくれた四、五人で、毛布を運んだ。

エプロンの女性は、備蓄の非常食の場所を調べ始めていた。「賞味期限確認しますね」と言いながら、ダンボールの箱をひとつひとつ開けていた。名前は後から聞いた。松田さんといった。

中学生は、気づいたら老夫婦の隣に座っていた。
老夫婦が何かを話し、中学生が頷いている。茂は内容を聞こうとしたが、聞こえなかった。ただ、中学生がときどき笑っているのが見えた。

赤ちゃんが泣き始めた。
お母さんが必死であやしていた。周囲の人たちは特に何も言わずにいたが、隣に座っていた老女が、静かにお母さんの背中に手を置いた。お母さんは顔を上げずに、「ありがとうございます」と言った。

茂はそれを、少し離れたところから見ていた。

七 確認


午前四時、茂はスマートフォンのメモ帳に、集まった人の数を書き始めた。

六十三人。

そのうち自治会員が何人いるか、茂にはわからなかった。わかる必要もなかった。

ふと思い出して、茂は吉田さんに再度電話をかけた。
今度は、つながった。
「吉田さん、田村です。ご無事でしたか」
「……ああ、田村さん。塀が倒れてきてね、足をやってしまって。今、家族に看てもらってる。避難所は……」
「開けました。今、六十三人います」
しばらく間があった。
「そうか」と吉田さんは言った。「よかった。ありがとう」

茂は電話を切って、体育館の床に腰を下ろした。
背中を壁にあずけて、目を閉じた。

体育館の中は、静かではなかった。誰かが話す声、赤ちゃんの泣き声、毛布が擦れる音。でも、それらは全部、生きている音だと思った。

八 夜明け前


空が白み始めた頃、宮本さんが茂の隣に座った。

「おにぎり、一個しか残りませんでした。どうぞ」
ラップに包まれた小さなおにぎりを、宮本さんが差し出した。
「こんなおにぎり、どこから?」
「私が自宅から持ってきました。あとは全部配りました」

茂は「ありがとうございます」と受け取った。
一口食べた。塩むすびだった。

「吉田さん、見つかりましたか」と宮本さんが聞いた。
「つながりました。足をけがしているそうですが、無事です」
「よかった」

二人はしばらく、体育館の中を眺めた。
毛布にくるまって眠っている人。スマートフォンを見ている人。誰かと小声で話している人。

「田村さん」と宮本さんが言った。
「はい」
「自治会って、こういう時のためにあるんですね」

茂は少し考えてから、「こういう時だけじゃないんですけどね」と言った。「でも、こういう時に一番わかりやすく見える気はします」

宮本さんは「そうですね」と言って、膝を抱えた。

九 翌朝


朝七時、市の職員と自治会の役員たちが次々と体育館に入ってきた。

避難者の確認が始まり、名簿が作られ、給水の手配が進んだ。茂は桑田会長に夜の経緯を報告した。桑田会長は話を聞き終えてから、「よくやってくれた」とだけ言った。

宮本さんは、会長への報告が終わる前に帰っていった。
「自宅の状態を見てきます」と言い残して。

茂は彼女の連絡先を聞きそびれた。

体育館の入口に立って、朝の光の中を人々が行き来するのを眺めながら、茂は昨夜のことを思い返した。

扉を開けたのは、自分と、自治会員ではない宮本さんだった。
毛布を運んだのは、名前も知らない人たちだった。
老夫婦の隣に座った中学生は、住所も素性もわからない。

それでもここは、機能した。

誰かが動けば、誰かがついてくる。名簿も、役職も、自治会加入状況も関係なく。

茂はそのことを、あらためて確かめるように、体育館の中を見渡した。

十 一年後


翌年の秋、かわまちみなみ小学校で地域の防災訓練が行われた。

主催は、かわまちみなみ地区自治連合会。
参加者は、自治会員に限らず、地域の住民全員に呼びかけた。

訓練の内容は、避難所の開設手順の確認、備蓄品の場所の周知、そして近隣住民同士の顔合わせだった。

「大事なのは、誰が鍵を持っているかを知っておくことだけじゃない」

連合会長の石川さんが、集まった百人近くの住民を前に言った。

「あの夜、鍵を持っていた人は来られなかった。でも、誰かが動いた。それは、この街に知っている人がいたからです。顔を知っている人がいたから、声をかけられた。声をかけてもらったから、動けた。だから今日、こうして集まってもらいました。訓練よりも、まず顔を合わせてほしい。それが、一番の備えだと思っています」

茂は、参加者の中に宮本さんを探した。

いた。

受付のそばに立って、見知らぬ人に声をかけていた。隣に、小学生くらいの子供がいた。おそらく宮本さんの子だった。

茂は少し迷って、近づいていった。

「宮本さん」

宮本さんが振り向いた。一瞬の間があって、「田村さん」と言った。顔に、あの夜の記憶が浮かんだ。

「来てくれてよかった」と茂は言った。
「こういう時のためですから」と宮本さんは言った。

二人は笑った。

訓練は午前中いっぱい続いた。
秋の光が、体育館の高い窓から射し込んでいた。

(了)

あとがき

ラジオ番組の取材を通じて、この街には様々な活動をしている人々がいて、伝えるべき出来事があることを知りました。
そして、それらの人々にはそれぞれの思いがあり、それぞれのストーリーがあることに気づきました。そして「これは事実を放送するだけでなく、物語として残したい」と思いました。
私たちのラジオ番組では事実を伝えなければなりません。でも、番組から離れて、その背景を見つめ、想いを馳せて創造したフィクションなら── 人々が胸の奥に秘めている「思い」も描けるかもしれない。
街の声をもっと遠くに届けるために、その「思い」を書き続けようと思っています。

いはらコウ

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

よかったら、#コミュニティラジオ #フィクション #短編小説 #ラジオ取材 をつけてSNSで感想を聞かせてください。続けてゆく力になります。

※本書に収録された作品は、ローカルコミュニティラジオ番組の取材をヒントに創作したフィクションです。登場する人物・団体の名称等はすべて架空のものであり、実在する個人・団体とは一切関係ありません。

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