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ラジオストーリーズ|バトンを繋ぐもの 第二話 見知らぬ隣人たち

ラジオストーリーズ
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ローカルコミュニティラジオの取材をヒントに書かれたフィクションストーリー

第一話 順番が回ってきた男
第二話 見知らぬ隣人たち
第三話 震災の夜、鍵を持つのは

まえがき
 ここに収められた三つの物語は、あるローカルコミュニティラジオの取材からヒントを得て、仮想の街_「かわまち市」を舞台に三つの異なる視点から創作したフィクションストーリーだ。

 地域コミュニティというものは、住民にとっては何か面倒なものだと思われてはいるが、やはりなぜか気になる。

 これは、面倒だと思いながらも地域に関心を持ち続け、それぞれ何かを掴み取った、そんな人々の小さな物語_。

読んでくださった方の心に何か残るものがあれば、それ以上のことはない。

著者記す

第二話 見知らぬ隣人たち

一 「ちょっとご飯でも食べませんか」


その声が聞こえたのは、総会の帰り際だった。

かわまちみなみニュータウン自治連合会の年次総会。ニュータウン内の各自治会から七十人以上が集まる、年に一度の大集会。公民館の大ホールは折りたたみ椅子がびっしり並べられ、いつもより空調が弱い気がして、後方の席はじわじわと蒸していた。
水野京介は、その蒸し暑さが苦手だったので、毎年なるべく早く帰ろうと決めている。二十四歳、かわまちみなみ第七自治会の副会長代理。「副会長代理」というのは正規の役職ではなく、本来の副会長が急病で入院したため、会長の辻さんから「とりあえず京介くんが来てくれればいい」と言われ、名簿には何と書くべきかわからないまま総会に参加している、そういう立場だった。

「あの、ちょっとよろしいですか」

振り向くと、五十代くらいのがっしりした男性が立っていた。
「連合会の石川といいます。少し顔ぶれを見ていたんですが、若い方が何人かいらっしゃって。よかったらみなさんで、ちょっとご飯でも食べませんかね」
京介は「はあ」と言った。
知らない人だった。でも嫌な人には見えなかった。
「……いいですよ」
気づいたら、そう答えていた。

二 集まった四人

駅前の居酒屋の座敷に、四人が集まった。

まず、石川さん。四十三歳。自治連合会の会長で、かわまちみなみ第一区在住。マンション販売会社に勤めながら、十五年間、自治会に関わってきた人物で、今夜この集まりを呼びかけた張本人。よく笑い、よく食べ、よく飲む。
次に水野京介。第七区。二十四歳。IT系の会社でシステム開発をしているが、もともと生まれ育った街がかわまち市で、祖母が長年自治会に関わっていた縁で自分も引き込まれた。自治会の会議でなぜかいつも一番張り切ってしまうことは、本人にも自覚はある。
三人目は、橘さおり。三十一歳、かわまちみなみ第三区の自治会長。一歳四ヶ月の息子・蓮を、今夜は夫に預けてきた。育休中の身で、毎月の役員会に赤ちゃんを連れて出席していることで、界隈ではすでにちょっとした有名人になっている。
四人目が、村岡拓也。三十七歳、IT企業勤務のフリーランス寄りの正社員、週四でリモートワーク。副業でウェブ制作もやっており、「時間が足りない」と常に言っている。

石川さんがビールのジョッキを掲げた。
「若くてもやってる人はいるんだな、とあらためて思いまして。今日声をかけたのはそれだけです。まずは乾杯しましょう」
四人のジョッキが、とん、と重なった。

三 なぜやってるんですか

枝豆が来て、唐揚げが来て、会話がほぐれてきた頃、石川さんが口を開いた。

「聞いていいですか。みなさん、なんでやってるんですか。若くして自治会を」

しばらく沈黙があった。
最初に口を開いたのは、さおりだった。
「育休に入ったら暇になると思ってたんですよね。でも全然そんなことなくて、毎日ヘトヘトで。でも、子供と二人でアパートに閉じこもってると、だんだん人間らしい会話ができなくなっていく感じがして。役員会に出ると、大人と話せるじゃないですか。それが最初の動機です。いま思うと、かなりしょぼい動機ですけど」
「しょぼくないですよ」と石川さんが言った。「一番正直な答えだと思います」

村岡は箸を持ちながら「俺は、もう少しネガティブな理由で」と言った。
「リモートワークになってから、ご近所さんと全然会話しなくなったんですよ。家に居続けてると、ここが職場なのか家なのかわからなくなる。で、自治会の会合に出たら、画面越しじゃない人間と会えるなと思って。参加したら班長を押しつけられてしまいましたけど」

笑いが起きた。

京介は少し迷ってから、「俺は、楽しそうだと思ったんです」と言った。
「うちのおばあちゃんが長くやってて、なんか顔が広くて、困ってる人に声かけて、地域の人に頼られて。それがなんかかっこいいなって思ってて。自分がやってみたら、最初の会議で炎上しかけましたけど」
「炎上?」と石川さんが目を丸くした。
「ゴミ収集のルール変更の話で、僕が余計なことを言ったら、おじいさんたちに一時間詰められました」

四 青年部、発足

ハイボールを飲みながら、石川さんが提案した。

「若手で集まって、情報交換できる場所を作りませんか。名前をつけるとすれば、自治連合会の青年部、みたいな感じで」
「青年部」とさおりが繰り返した。「なんか、スポーツの強豪校みたいですね」
「イメージが古いですかね」
「古いとは言ってないです」とさおりは笑った。「面白いと思います」

村岡が腕を組んだ。「で、具体的には何をするんですか」
「まずはお祭りでも一緒にやってみましょうか」と石川さんは言った。「かわまちみなみニュータウン設立二十周年が来年の秋にあるんですよ。連合会でイベントをやる予定があって、若手が仕切ってくれたら話題になる。どうですか」

三人は顔を見合わせた。
「やります」と京介が即答した。
さおりと村岡は、一拍遅れて「やります」と言った。
石川さんは嬉しそうに笑って「よし」と言い、追加注文のボタンを押した。

五 準備は難航する

六月から準備が始まった。

四人は月に一度、公民館の会議室に集まった。議題はだいたい次のどれかだった。①予算が足りない、②業者と連絡がつかない、③誰かが忙しくて来られない。

七月の会議に、村岡が三十分遅刻してきた。
「すみません、納品が押して」
「またですか」とさおりが言った。
「リモートだと時間の感覚が狂うんですよ」
「蓮を連れてくる私が一番時間管理できてるの、おかしくないですか」

と言いながら、さおりは膝の上で蓮をあやしていた。蓮は今日ごきげんで、ずっと「ばば」と言い続けている。

「ばば」
「違います、お母さんです」
「ばば」

京介が会議資料を広げながら言った。「屋台の出店者、五組確保しました。焼きそば、たこ焼き、かき氷、射的、あともう一個は未定です」
「射的、渋い選択ですね」と村岡が言った。
「石川さんが絶対入れてほしいって」
「何歳だよ」
「ばば」

四人の笑い声が、狭い会議室に響いた。

六 さおりの話

八月。暑い夜の会議のあと、さおりと京介が公民館の前で少し話した。

村岡は先に帰り、石川さんは電話が入ってその場で対応していた。

「水野くんって、ほんとに地元が好きなんですね」とさおりが言った。
「わかりますか」
「すごくわかります。話し方が違う。自治会の話になると目が輝くから」
京介は少し恥ずかしくなって「そんなことないですよ」と言ったが、さおりは「そんなことあります」と笑った。

「私はね、最初は本当に現実逃避だったんです。家の中にいると、子育てのことしか考えられなくて。自分が自分じゃなくなる感じがして。でも役員会に出てたら、地域のことを考えてる自分がいるじゃないですか。それが、なんかよかった。蓮が大きくなった時にも、この街にいてほしいから、少しだけいい街にしておきたいな、って思うようになってきて」

京介は黙って聞いた。
さおりは蓮をだっこし直して、「なんか格好つけたこと言いましたね」と笑った。
「格好つけてないですよ」と京介は言った。「そういうこと、ちゃんと言える人のほうが少ないから」

七 台風接近

九月の末、秋祭りの二週間前。天気予報が気になることを言い始めた。

「週末、台風が来るかもしれないって」

村岡がグループLINEに送ってきたのは、気象庁の予報画面のスクリーンショットだった。台風の進路予想がちょうど関東直撃のコースを示していた。

石川さんから返信が来た。
「最悪、中止も考えておきましょう。でもまだ二週間ある。様子を見ます」
さおりから来た。
「蓮が屋台デビューできると思ってたのに。泣」
京介から来た。
「絶対晴らせます」
村岡から来た。
「それ俺に言ってどうしろと」
「ばば」
「蓮くんまで参加しないでください」

八 前日

台風は、直撃を逃れた。

しかし秋祭りの前日、空は重く曇っていた。天気予報は「降水確率六十パーセント」。微妙な数字だった。

石川さんから電話があった。
「やります。雨が降ったら降ったで、テントを増やして対応しましょう。せっかくここまで準備したんだから」
「わかりました」と京介は即答した。

当日の朝六時から設営開始、という段取りを確認して電話を切った。
京介は窓の外を見た。
雲の隙間から、かすかに青空が見えた。

九 当日

朝六時、公民館の駐車場に四人が集まった。

村岡が珍しく五分前に来ていた。「早いじゃないですか」と京介が言うと、「昨日から眠れなかったんで」と村岡は答えた。
さおりは蓮を夫に預け、今日は身一つで来た。
石川さんが台車で資材を運びながら言った。「出店者さん、みんな来てくれるかな」
「来ますよ」と京介が言った。「全員に昨日確認しました」
「さすが」

「ばば」という声はなかった。今日の蓮はお留守番だ。

テントを張り、テーブルを並べ、のぼりを立て、音響機材をセットした。
午前十時、開会。
雨は、降らなかった。

十 午後三時の射的屋

祭りは、予想より人が集まった。

自治会の加入者も、非加入者も、子供も、老人も、来ていた。外国人家族が焼きそばの屋台に列を作り、小学生たちが射的に群がり、地域の老人会がステージで民謡を歌った。
石川さんは午後ずっと、あちこちを歩き回りながら、会う人ごとに声をかけていた。名前を知らない人にも「来てくれてありがとうね」と言っていた。

村岡は音響担当をしていたが、合間に射的を三回やって、三回外れた。
「もう一回」
「百円です」
「もう一回」
「百円です」
「……もう一回」
さおりが横を通りながら言った。「何やってるんですか」
「こいつ、絶対倒してやる」
「おもちゃのピストルですよ」

午後三時、京介は公民館の裏手で、ペットボトルのお茶を飲んでいた。
疲れていたが、悪くない疲れ方だった。

人の声が聞こえた。子供が笑う声。おじいさんが誰かに話しかける声。屋台の呼び込みの声。

この街の音だ、と京介は思った。
自分が子供の頃から知っている音で、おばあちゃんがずっと関わってきた場所で、今は自分が、その一部になっている。
別に大げさなことじゃない。
ただ、ここにいる。それだけのことだ。

十一 片付けの後

後片付けが終わったのは、夕方九時を過ぎていた。

四人はコンビニでビールを買い、公民館の駐車場の端に並んで腰を下ろした。
石川さんが「お疲れさまでした」と缶を掲げた。
「お疲れさまでした」と三人が続けた。

しばらく誰も話さなかった。

さおりが「楽しかった」と言った。
村岡が「射的、結局一個も倒せなかった」と言った。
「倒せてたら怖かったです」と京介が言った。

笑いが起きた。

石川さんが空を見上げた。雲はすっかり流れて、夕焼けが広がっていた。
「来年もやりましょう」と石川さんが言った。「でも来年は、みなさんに全部任せます」
「石川さんは?」
「私は、もう少し若い人を集めてきます。まだまだいるはずなので」

さおりが「じゃあ、また増えるんですか」と言った。
「増やします。その代わり、仕切りはよろしく」
京介はビールを一口飲んで、「わかりました」と言った。
村岡が「俺、幹事はごめんですよ」と言った。
「わかってます」と京介は言った。「村岡さんはホームページ作ってください」
「……まあ、それならいいですよ」

夕暮れの中、四人は缶を傾けた。
遠くで、子供の声がした。今日の祭りのまま、まだ誰かが遊んでいるのかもしれなかった。

「ばば」

さおりのスマホが鳴った。夫からだった。
「もしもし。うん、今終わった。蓮、ちゃんとご飯食べた?……そう。じゃあ帰る。待ってて」

電話を切って、さおりは「じゃあ私、帰ります」と立ち上がった。
「お疲れさまでした」
「こちらこそ。ほんとにお疲れさまでした」

さおりが駐車場を出て、曲がり角で振り返って小さく手を振った。
三人は手を振り返した。

石川さんが「いいメンバーだ」と言った。
皆、そう思った。

(了)

あとがき

ラジオ番組の取材を通じて、この街には様々な活動をしている人々がいて、伝えるべき出来事があることを知りました。
そして、それらの人々にはそれぞれの思いがあり、それぞれのストーリーがあることに気づきました。そして「これは事実を放送するだけでなく、物語として残したい」と思いました。
私たちのラジオ番組では事実を伝えなければなりません。でも、番組から離れて、その背景を見つめ、想いを馳せて創造したフィクションなら── 人々が胸の奥に秘めている「思い」も描けるかもしれない。
街の声をもっと遠くに届けるために、その「思い」を書き続けようと思っています。

いはらコウ

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

よかったら、#コミュニティラジオ #フィクション #短編小説 #ラジオ取材 をつけてSNSで感想を聞かせてください。続けてゆく力になります。

※本書に収録された作品は、ローカルコミュニティラジオ番組の取材をヒントに創作したフィクションです。登場する人物・団体の名称等はすべて架空のものであり、実在する個人・団体とは一切関係ありません。

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