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ラジオストーリーズ|かわまちの、赤いテント 第一話 駅前の奇跡

ラジオストーリーズ
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ローカルコミュニティラジオの取材をヒントに書かれたフィクションストーリー

第一話 駅前の奇跡  ── 小さな自治体の大きな挑戦
第二話 炎と、老人と、春の終わり  ── 旅するパフォーマーとの3ヶ月
第三話 マイクの向こう側  ── 「心動かされる」瞬間

まえがき
 ここに収められた三つの物語は、あるローカルコミュニティラジオの取材からヒントを得て、仮想の街_「かわまち市」を舞台に三つの異なる視点から創作したフィクションストーリーだ。

 三つの物語は独立したストーリーだ。しかし、登場人物たちは同じ時間と場所を共有している。ひとつの出来事は、それに関わるすべての人の数だけ、異なる物語を持っている。

読んでくださった方の心に何か残るものがあれば、それ以上のことはない。

著者記す


第一話 駅前の奇跡

一 予算はない


「シティプロモーション事業、どうするんだ」
広報係長の声が、蛍光灯のちらつく広報室に落ちた。2月初旬、かわまち市役所の窓には寒風が叩きつけていた。
広報室の主任・山野辺誠司は、パソコンの画面から顔を上げた。40代前半、白髪が増え始めたこめかみ。市の広報誌の締め切りと重なり、ここ数日は残業続きだった。
「予算は……ほとんどありません」
山野辺は正直に言った。今年度の特別事業費はすでに大半が防災設備の更新に充てられている。記念イベントに回せる予算は、看板一枚分にも満たなかった。
「花火大会でも開くか」と誰かが言った。「それも金がかかります」と山野辺は返した。
沈黙が部屋を満たした。

二 あの時の光景


その夜、山野辺は深夜まで資料をひっくり返していた。過去のイベント事業の事例、他市のプロモーション事業の比較……そのとき、ふと脳裏にある光景がよみがえった。
3年前、家族で訪れた隣町の公園。テントの中で見た、あの空中ブランコ。
娘が口をぽかんと開けて見上げていた。妻が「すごい」と小声でつぶやいた。自分は何も言えなかった。ただただ、見入っていた。
「……サーカス」
キーボードを叩いた。検索結果に「ジョイフルサーカス」の名前が現れた。パフォーマーの多くは海外からのプロフェッショナル。火を吹くファイヤーパフォーマンス、バランス芸、空中ブランコ――。
山野辺はしばらく公式サイトを眺めてから、静かにメモ帳を開いた。
〈かわまち駅前……あの市有地は今、何に使われている?〉

三 予算はない、けれど


翌朝、山野辺は用地管理課を訪ねた。駅前の市有地__、かわまち駅の東口を出てすぐの空き地は、区画整理の完了後、まだ活用計画が定まっていなかった。
「サーカスのテントを張れるくらいの広さはありますか」
「……十分すぎるくらいにある」
担当者は地図を広げ、首をかしげながら答えた。
山野辺は静かに確信した。
予算はない。けれど土地はある。
サーカスに必要なのは、テントを張る場所だ。

四 動き出す


サーカス団への問い合わせメールを送ったのは、その翌日だった。
返事は意外なほど早く来た。「日程と条件を確認させてください」。
山野辺は部長に報告した。部長は眉をひそめた。「サーカスを呼ぶ? 市が?予算は?」
「はい。市から予算は出しません。土地の提供だけです。主催は彩の国テレビにお願いしたいと考えています」
「……彩の国テレビが主催してくれるのか?」
「現在、打診中です」
部長はしばらく黙っていた。それから、低い声で言った。
「うまくいくとは思えないが……続けてみろ」

五 やってみなければ


交渉は難航した。
彩の国テレビとの調整、サーカス団との契約確認、近隣住民への説明会。「騒音は大丈夫か」「夜間照明が眩しい」「駐車場が足りない」——反発の声は次々と届いた。
山野辺の隣では、若手の江田がひたすらメモを取り、電話をかけ続けた。
「山野辺さん、これって本当にできるんですかね」
ある夜、江田が弁当をつつきながら言った。
「さあ」と山野辺は正直に答えた。「でも、やってみなければわからない」
江田は少し笑った。「それって、答えじゃないですよね」
「そうだな」
山野辺も笑った。久しぶりに、笑った気がした。

六 開催決定


冬の足音が聞こえる頃、ようやく全ての合意がまとまった。
彩の国テレビが主催。かわまち市は共催として土地を提供。近隣市町と教育委員会が後援。大手スーパーマーケットチェーンも特別協賛に。約3ヶ月の公演を開催する。
市内の幼稚園・保育園・小中学校の子どもたちには、全員に無料招待券が配られることになった。山野辺が粘り強く交渉した成果だった。
「これ、すごくないですか」と江田が広報紙の原稿を見ながら言った。「市の予算、ほとんど出してないのに」
「市有地を貸しているだけだ」
「でも……サーカスにとってはそこが、すごく大事じゃないですか」
山野辺は答えなかった。今は何もない駅前広場を眺めた。

七 ざわめきと


公演初日、山野辺はテントに向かった。
かわまち駅を出ると、まず目に入ったのは大きな赤いテントだった。1週間前から設営が始まり、どんどん形になっていくのを、山野辺は毎日眺めていた。
テントの前には長い列ができていた。子どもたちが招待券を握りしめている。その横で、親たちが割引券を財布から取り出していた。
山野辺は最後尾に並んだ。一般客として。
テントの中は温かかった。座席は満席に近い。ざわめきと笑い声が満ちていた。

八 拍手


照明が落ちた。
ドラムの音が鳴り響き、最初のパフォーマーが登場した。火を口に含み、夜の空気に向けて炎を吹いた。
客席から歓声が上がった。
空中ブランコが始まると、山野辺の隣に座った小さな女の子が「わあ」と声を上げた。3年前の娘と、同じ声だった。
山野辺は気がついたら、夢中で見上げていた。
バランス芸。アクロバット。そして再び、炎。
公演時間は約1時間半だったが、あっという間だった。
幕が下りたとき、山野辺は拍手しながら、なぜか少しだけ目が熱くなっていることに気づいた。

九 そして


外に出ると、江田が立っていた。
「来てたのか」と山野辺は言った。
「来てました」と江田は答えた。「子どもたち、とても喜んでましたよね、隣の」
「……そうか?」
「ずっと興奮しっぱなしでしたよ!」
2人は並んで歩いた。駅のホームへ向かう人の波に混じりながら。
「山野辺さん」
「なんだ」
「来年も、なんかやりますか」
山野辺はしばらく黙った。夜空に、テントのてっぺんがオレンジ色に光っていた。
「……また考える」
「それって、やるってことですよね」
江田が笑った。
山野辺も、笑った。

(了)

あとがき

ラジオ番組の取材を通じて、この街には様々な活動をしている人々がいて、伝えるべき出来事があることを知りました。
そして、それらの人々にはそれぞれの思いがあり、それぞれのストーリーがあることに気づきました。そして「これは事実を放送するだけでなく、物語として残したい」と思いました。
私たちのラジオ番組では事実を伝えなければなりません。でも、番組から離れて、その背景を見つめ、想いを馳せて創造したフィクションなら── 人々が胸の奥に秘めている「思い」も描けるかもしれない。
街の声をもっと遠くに届けるために、その「思い」を書き続けようと思っています。

いはらコウ

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

よかったら、#コミュニティラジオ #フィクション #短編小説 #ラジオ取材 をつけてSNSで感想を聞かせてください。続けてゆく力になります。

※本書に収録された作品は、ローカルコミュニティラジオ番組の取材をヒントに創作したフィクションです。登場する人物・団体の名称等はすべて架空のものであり、実在する個人・団体とは一切関係ありません。

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